#べんぜんかん ふんわり感想

10/28開催のText-Revolutions6合わせに発行の「べんぜんかん」の感想です。
著者献本で布表紙版が手元にあるのです。わーい\(^o^)/

こちらは、「絹紬の布張り表紙で手製本を作成したい。内容は布の柄(亀甲)とリンクさせつつ幅広いものにしたい。」という意図から企画されました。「六角形」をモチーフとした6編が集まった「ちょっとふしぎなSSアンソロ」です。主催は「花うさぎ」のうさうららさん。


画像一枚目、中央が製本済みのもの、周りが各ページ(折られてますので片面ですね)です。画像二枚目、三枚目が私の作品「女王陛下の製図室」の見本となります。
提出したのは指定のフォーマットのテキストのみですが、それを主催・うささんがデザインし、こうしてイラストをつけて「どないですやろ?」と返球、それを見事に肝臓だの腎臓だのに受けて ┏┛墓┗┓ と相成ったわけです(※当然ですが比喩です)。

そのおかげか、6編それぞれにジャンルも文体の雰囲気も違うのですが、どこか共通する音を感じつつ、バリエーションを楽しめる不思議な一冊に仕上がっています。
手製本、かつ布張り装丁のぬくみと、小さな物語への没入感、一冊の本を通しての仕掛けなど、近くからもメタ視点からも楽しめる本です。

(以下、感想は企画で使用したサイボウズに投稿したものに加筆修正しました)

●凪野基「女王陛下の製図室」

ふんわり理系ファンタジー。どうぞ扉をノックして、お入りください。看板娘が温かいお茶をご用意しています。


●磯崎愛さん「てすと・てくすと」

いい意味で狐につままれた感、すごく好きな手触りでした。

「とうの昔にいなくなった知的生命体の怨念」が紡ぐテクスト。えすえふです……!そして蚕だなって思いました。
文字を書くこと、文を記すこと、物語を紡ぐことと、このアンソロの元々のアイデアであった紬の亀甲がうまく重ねられていて、メタ的なネタではあるのですが、「僕たち」に感情を寄せてしまいます。
私は感情で読み書きする人で、論理的というにはほど遠いので「僕たちは黒い紙魚のようなもの、かつて自分たちが書き残した文字を食べて、平面を這いずって、文字通り身を削りながら線を描いて消えていきます。僕たちの這いずった痕跡、肉の削れた跡、なんとなれば死骸がそこに文字を綴るのです。」に自分を重ねてしまって、そうやね、そうやねと思ったのです。悲観的な話ではないのですが。

「人権」や「悲惨なものほど売れる」あたりに、世情を感じつつ、「ですがあなたは売り物にはなりますまい。」は磯崎さん自身の宣言であり矜持であるとも感じました。
ラストの一文の潔さがすごく好きです。「新たな地平」が読み手さんに開かれることを願います。
(リアルの)紙に穴をあける、というデザインも手製本ならではで楽しいです。


●うさうららさん「みみず記」

冒頭で示される「ナンバー更新手続き」。猫撫で声のアナウンスが聞こえてくるようです。そして主人公が想起しかけ、慌てて封じた古い記憶。不穏ですね。
ベンゼン環→亀→キュゥっ→*、の流れにどきどきしつつ、磯崎さんの作品との共通点が目立つなあと思っていたらなるほど、「てすと・てくすと」にインスパイアされての作品とのことです。
「こんどは六角形が世界を変えるのだ。モノが変わればヒトも変わる。」にぞくっとしました。
六角形は平面を充填する図形ですが、それに埋め尽くされて均一化された世界はあまり楽しそうではないんですよね……毎度イメージ先行の読み方で申し訳ないです。
磯崎さんのとうささんのとを交互に読んでしまう予感がひしひし……。


●伊織さん「ハミルトニアンの仔鹿」

これは理屈でごちゃごちゃ言う作品ではないと思うのですけど、仔鹿や【ん】の三つ子といったビジュアル的な美しさと、「軽くて丈夫な新しい身体を授かりました」や「ケンキュウジョ」といったテクノロジー的かっこよさが両立した、不思議な手触りでした。
ハミルトニアンは化学用語ですが、語源となったハミルトンさんに感謝したいかっこよさだと思います(笑)
有機化学はあまり得意ではないので、ベンゼンに励起という言葉が正確なのかどうかはわかりませんが、酢漿草の騎士の旅立ちで終わる結びが、また新たな物語の始まりとして良い引きですね……!
うささんの紋も素敵です。鹿の角+酢漿草の紋って、すごく有難い感じがします(笑)


●嘉村詩穂さん「霊亀譚」

書き出しの神社の静謐さ、少女の可憐さが語感・語調よく描かれ、一気に物語世界に入り込むことができました。まさに流れる水のごとき文体は必見です。
水に亀、と浦島太郎を彷彿とさせる図ながら、差し挟まれる鴉の一声の不吉さを読者の心中に置いて、しかし辿り着いた蓮の宮のうつくしさに見惚れるのは少女ばかりではないでしょう。
神社・蓮・花の喩え、歌う四季の鳥。それぞれが相まって、どこでもない世界、異界であることを強く感じました。
乙女と少女の邂逅は、ストレートにえろすでした……。すきです……。
恋の熱に浮かされたその一方で、波間に映る少年の影、さらには侍女の怪しげな術、明かされる「乙女」の企み……というスピーディな展開も素晴らしく、物語の終焉に悪辣さが描かれるというのは、(イメージなのですが)手にした本の最後に墨のような暗雲が立ち込めて読めないとか、読者に対して「ここはおまえの世界ではないのだ」と突き放すようです。
そこではっと我に返り、そして物語から距離を置くことで改めて鴉であるとか、亀であるとかを俯瞰できて、薄ら寒さ(とどうしようもないえろす)を覚えました。

善悪であるとかをまったく取っ払った、頭悪い感想としては「この少年天才やな」です。うつくしいものは良いです。囲いたくもなります。わかる。


●オカワダアキナさん「膝とボイン」

ユーモアと、胸がキュッとなるような痛甘い懐かしさ、おとなの気まぐれでなかったことにされてしまう少年のきらきらした優越がおかさん節だなあと感じました。
「水ギョーザ~」の青葉くんもでしたが、おかさんの書かれるこどもにとってのおとなって、憧れを含んだ存在でありながら、いつか彼らもおとなになるのに、たぶん当人たちはそう考えていないのかなというちょっと舐めてかかった生意気なところが感じられるのが好きです。そのわずかな断絶というか、ブラックボックスの部分が(こどもの視点で描かれる)おとなを魅力的に見せているのだろうと思います。
私は3.14世代ですが、中学校で円周率がπになったとき、「パイ……」「パイだと……」って、ザワッとしたな……というのを思い出しました。
「あれからP回季節が巡り」って、詩的で好きです。

うささんのデザイン案もおかさんワールドを的確に盛り上げていて、台詞の部分は吹き出しのようでゼリーに包まれてるようで、すごく素敵です。


物語を読み終えて、そこに置かれるのは少年を大人にした年月の梯子から伸びるは、梯子をあざなう縄か、あるいは物語を構成する無数の言葉か、はたまた。
ぜひとも実物を手に取ってお確かめください。
スポンサーサイト