泡野瑤子さん「宿題」「初弟子」先行レビュー #テキレボでオススメの本

泡野瑤子さん「剣士と赤竜(短編「宿題」先行頒布版)」、そして創作サークル空想工房さんの会誌「カケラvol.1」に収載されている「初弟子」を拝読しました。
これらは4月1日開催のテキレボ5にて頒布されるものです。(各作品のwebカタログにリンクしています)
泡野さんがご自身のツイッターで先行レビューを募集しておられた際、(自分の原稿がほぼ手を離れていたのをいいことに)恐れ多くも、そして命知らずにもほどがあるわけですが、「やりますよー」と手を挙げたという経緯で、これを書いています。

泡野さんは今回、テキレボには初出展で、公式アンソロ「嘘」にも「刺青」という大変もえもえする短編で参加されています。
朴訥な若者が謎めいた美女の言葉の真意をはかりかねておろおろするお話、ニヤニヤしながら読まれた方も多いのではないでしょうか。
「宿題」「初弟子」は「刺青」に登場するジェラベルドとシノの二十年後を描いた短編です。ジェラベルドとシノの人となりを知るためにも、ぜひ三作あわせてご覧ください。(泡野さんと小田島さんに「これでいい?」のサインを出しつつ)
時間軸的には、初弟子→宿題の順ですが(この順で読むことを推奨します!)、実はこれ、同じ日の出来事なんですね。(あくまで始まりは、ですが)ジェラベルドにしてみれば大変密度の高い、疲れた一日であったかと思います。読者としてはすごく面白いのですけど。
――というわけで、ようやく本題です。


泡野さんと言えば「映画の人」のイメージが強いのですが、非常に情景描写が緻密で、カメラワークがお上手です。冗長ではないのにきちんと光景が思い描けるのですね。
「初弟子」の方で顕著なのですが、情景描写やそれに類する地の文が登場人物の背景を物語っていたり、心理描写につながっていくのが見事です。

「宿題」ではまず、一月ぶりに父ジェラベルドに会えることになった娘のラウラの外見が描かれるのですが、読んでいるだけで微笑ましい美少女で、舌っ足らずなしゃべり方もすごく可愛い。こりゃあ、お父さんとしてはたまらんでしょうなあ……と思ってるところへ「娘が一生懸命話している姿そのものが可愛いのだ」と親馬鹿を全力で投げてくるわけです。
ここで「親馬鹿なジェラベルド」なんて一言も書いてないのがミソで、書いてないのにわかる、伝わってくる。その伝え方がとても映像的で、印象的なのです。

ところで、「剣士と赤竜」のタイトル(ていうか英題の「Swordsman against Red dragon」がめちゃめちゃかっこええと思うのは私だけですか。andじゃなくてagainstですよ。これで何をする剣士なのかがわかるっていう……!ついでに私の英語レベルの低さが公になってないかが心配)が示すとおり、ジェラベルドは赤竜を討伐するために組織された特別部隊の一員で、これまでにも何頭もの竜を倒した英雄です。ドラゴンスレイヤーです。人間竜破斬です。ドラゴンも跨いで通るどころか、ドラゴンを殺して回る、ドラころです。しゅごい。
そんなしゅごいジェラベルドが赤竜との戦いで重傷を負ってしまいます。ようやっと退院してハーン博士の邸宅で療養することになり、娘のラウラも招いて……となった記念すべき日の夕食時に、父娘喧嘩が勃発します。

理由は、老いを自覚したジェラベルドが赤竜討伐団を辞め、事務方である王城事務官を志したこと。
なんでやねん、と反発するラウラの幼さと、負傷も未だ癒えない不自由な体で、せめてラウラが大きくなるまでは稼がねばと考えるジェラベルドの心の揺らぎがぶつかりあうのですが、シリアスなシーンなのにどことなく微笑ましいのは、父娘ともに頑固者で、互いに一歩も退かないからであり、わずか七歳のラウラと真っ向から言い争う四十歳のジェラベルド、という構図が面白いからでしょう。
はらはらと見守るハーン博士と、冷静に見えるシノ。
ここでシノという人が言葉少なながら、頼りになる女性だということが描写されます。赤竜討伐団長、という肩書きからして頼れる人物であることは間違いないのですが、ラウラの悪口雑言に対し「すぐに折れては父親としての沽券に関わる。どうしたものか」とまごまごしているジェラベルドを「私に任せろ」の一言で宥めてしまう最強っぷり。惚れてまいますね!(それなのにラウラからは「シノちゃん」なんて呼ばれてて互いに仲良しであることが示されてるという周到さ!)


さて、そのジェラベルドの葛藤というか、討伐団を辞めて事務官になろう……と将来を憂う姿を描いたのが「初弟子」です。
夕方頃であろうラウラの来訪を楽しみに待ちながら、ハーン博士のお屋敷で魔法使いのトート少年に剣を教えるシーンから始まるこの短編、繰り返しの会話やウィットに富んだ掛け合いが非常に面白いのです。
先に「映像的」と書きましたが私の脳内映像はアニメではなく洋画風で、フォント「しねきゃぷしょん」で字幕までついてるイメージでした。
赤竜について興味津々のトートに「何でも聞け」とまで言い放ったくせに、表現力がなくて大変しょんぼりな答えしか返せないジェラベルドには劇場の観客の笑い声まで聞こえるようで、それ込みで笑えます。

口下手で年少者にもシノにもかなわないジェラベルドですが、実際のところ細やかに気が働く男なのです。食事の時間になってトートに家族用の食卓に案内されたときに「いいのか」「俺が、ここで飯を食って」と家族の食卓につくことに配慮する彼は、家族というものの大切さをきちんとわかっているんですね。
他にも、ジェラベルドは相棒たるシノはもちろん、年少のトートやラウラに対して居丈高になることがなく、見下したり侮ったりせずに、常に対等の立場で接しているんです。もちろん英雄様気取りでもありません。それをやはり「ジェラベルドは子どもに対しても公平だった」なんて書くような野暮はせず、行間で読ませてゆく。
不器用だけどいい人だなあ、というのが読むほどに滲み出てくるんですよ。もちろん、主人公補正というものもあるでしょうが、基本的にジェラベルド視点なので、彼自身がどんな人であるかというのは読み手が汲むしかないわけです。それが明言されていないのに察せられるのは、ひとえに泡野さんの描写力ゆえ。
「ジェラベルドは子どもに対しても公平だった」って書いてあるとそれは絶対ですが、押しつけのない作品はのびのびしていて良いものです。


短編「宿題」は父娘喧嘩を軸に、これまで貧しい生まれから必死に努力し、英雄と呼ばれてなお走り続けてきたジェラベルドが負傷をきっかけに立ち止まり、周りを見回して一息つくような物語です。
トート少年(九歳)とシノ(人類最強)の力を借りて鉄壁の強情さで立ち塞がる愛娘(七歳)に立ち向かう四十路のおっさん(いい人)。ね、これだけでとんでもない吸引力だと思いませんか?ダイ●ンもコード巻いて逃げ出す勢いですよ。
トートが「雄弁魔法」を使ってジェラベルドを和解へ追い立てる展開も、まるでひみつ道具の力を借りて失敗するのび太君そのもので、「これは真っ向勝負じゃないから負けるな……」と正当に読者をリードしていきます。はい、負けます。「おとーさんのばか」って言われます。ヨッ待ってましたー、でしょう。
この「予想を裏切らない展開」が中盤までしっかり続きます。問題は「じゃあこの後どうするの?どうなるの?」ということですが、それは本編でお確かめください。
ひとつだけ書くと、シノさまかっこよすぎます。

企画「疑似家族ナビ」さんに参加されていることを踏まえて書くと、恋愛関係にない男女と子どもがいて、一つ屋根の下でそれぞれの感情や思いが明らかになってゆくのはまさに(疑似)家族ものの醍醐味です。
大人の男女、といっても男性のジェラベルドが「父」、女性のシノが「母」の役割を負っているわけではありません。そのあたりも読んでいて気持ちよく、ラウラとトートも「子ども」を押しつけられていないので清々しく感じました。


だらだらと書いてしまいました。要約すると「泡野作品はいいぞ……」と10文字で終わってしまうのが厳しい現実というものですし、販促になるようなことを書けた気がしないのですが、少しでも「おっ」と思った方は泡野さんの本を代行リストやお買い物メモに加えて下さったなら幸いです。
泡野作品はいいぞ……!
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