長編小説「凱歌」更新

長編小説「凱歌」、第二部(2)までアップしました。


今日は早まりませんでした(笑)
第二部の導入部、ようやくみんな大人になって、さくさく動いてくれて書きやすかったのを覚えています。
(まあ、書いたのはそんなに前の話じゃないしね! ←自爆)
第二部からようやっと本題に入るので、相変わらず前置きが長すぎて申し訳ない限りですが、じわじわとお付き合いいただけますと幸いです。



下読みをお願いしたいえのひとからは、「なぜデュケイの愛称がディークなのか」「なぜシャルロッテの愛称がシャルでなくシャルロなのか」と愛称関連をひたすらツッコまれましたが、そんなの気分だからとしか答えられません(汗)
ディークは当初(十数年前)からディークだしなぁ……。
(シャルロッテは改稿にあたり追加したキャラです)

私、「愛称」「通名」というものが好きで、これまでにも本名は隠して通り名しか出てこないとか、ほぼ愛称のみで呼ばれているとか、そんな人がたくさんいます(笑)
ごんぶと本「プリズム」の先生もそうだし、「魔法使いは~」のベル(本名ベルトゥリ)、「トリニティ」のヒューイ(本名はヒュエインだけど何回書いたかな)、「悠」の登場人物に至っては名前すら出てこないという;

名前が重要な意味を持つ人(ヒューイ&ジンクスは一応意味があります。メタ的なことなので書いてないけど)もいるけどそうでない人もいて、音だけで決まった人(リドゥリー・シュライア)とか見た目そのまんまの人(ミルッヒ)とか、ヒコーキ関連とか、いろんなパターンがあります。総じて、意味のある名前の人は少ないんじゃないかなぁ。
特に、「凱歌」や「プリズム」の原形となる部分を書いていた時期は、登場人物が名無しであってもいいんじゃないか、くらいに思ってましたから。
「凱歌」の面々もあまり名前に意味はないので(3部で登場するレグルスとヴァーチュアはまあ、意味があるといえばある、くらい?)、すなわち愛称にも意味はないです。

……と言ってしまうと何か可哀想ですが、愛着はまた別問題なので。
今更デュケイを意味のある何らかの名前に変えろって言われても、そんなのデュケイじゃない! ってなりますしね。
不思議だなあ、名前問題。



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