2013年01月の記事 (1/1)

一月は

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、の続きが「四月は死ぬほど忙しい」だと聞いて全力で疑問を呈しております。

ともあれ、あっという間に一月が終わってしまいました。
仕事のプチ異動や体制の変化についていくのがやっとで、相変わらず身の回りのことが疎かになっています。そのくせ、あれがしたい、これもしたいと気は散るばかりで、結局どれも中途半端のまま。
うまく弾みをつけて、自分のペースが作れるといいのですが。
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季節限定

特別、新しいもの好きというわけではなく、新商品チェックをするためにコンビニ巡回をするわけでもなく、見かけたら買うんだけど、という程度に興味の薄い私が毎シーズンチェックするものといえば、グラコロとラミー、それからじゃがりこの梅味。ダースプレミアムも大好きなのだけど、今年は発売しないのでしょうか。代わりに(?)発売されたガナッシュも美味しいですけど。
発売時期が偏ってるのは気にしないでください……(苦笑)

もともと暑いのが苦手で、冬の方が活発に動けるのですが、その反動か、創作活動は冬の方がのんびりめです。
今もまったりと、エンジンを暖めつつ試運転しつつ、といった状況です。ネタはあるのですが(あまり信じたくないことではあるけど)タイピングの速度が一時に比べてすごく落ちている気がするのですよ。
以前は、考えたことをそのままタイプできていたのに、最近は思考速度にタイプが追いつかなくて。
執筆から公開まで時間を置くようになったことも関係しているのかもしれませんが、文章を入力して、変換確定して、ふっと醒める一瞬があって。
それが積もり積もっているのかもしれませんが、季節とは関係ないことだし。
でも、同じネタに対しても、一直線に突っ込んでいった昔に比べ、書き始める前の吟味や躊躇が長くなったというのは実感しています。一概に悪化と断じることはできないにせよ、以前の思いきりの良さを思い出しては、あのころは良かったなあなんてしんみりしています(笑)

じわじわと書き進めてはいるんですよ、とアピールしつつ、執筆に戻ります。
昨日くらいから、ようやく筆が乗り始めました。この勢いのままラストまで書ききってしまいたい!

髑髏城の七人

「髑髏城の七人」、見てきました。
ゲキ×シネは(存在は前から知っていたものの)前回の「薔薇とサムライ」が初体験で、その面白さや迫力、生の舞台を見ているかのような臨場感にすっかりはまってしまい、今回の「髑髏城の七人」も見に行くぞと意気込んでいました。
公開からずいぶん経ってしまったのですが、見に行くことができてほっとしています。もしかするともうやってないんじゃないかと思っていたので……。
平日の昼間だったにも関わらず、かなり客入りはよかったようです。客層もさまざまで、新感線のファンの方もいらっしゃるようでした。
小栗旬、森山未來、早乙女太一という、若手俳優三人がカッコイイ殺陣を繰り広げるという、前評判だけでもどきどきものなのですが、本当、めちゃくちゃ面白かったです。

笑いあり、涙あり、二転三転する物語と人物模様。音と光を最大限に活用したド派手な演出と大がかりな舞台装置。
キャストの流れる汗までもが映され、物語にのめり込む一方で、「汗を拭いてあげたい!」と余計なことまで考える始末。
舞台に立つというのは、それだけでものすごくエネルギーを使う作業です。そこからさらに踊って歌って(今回は歌はナシでしたが)殺陣をするというのですから、役者さんたちのパワーと集中力には驚かされるばかりです。
高校生の時、部活で演劇をしていたのですが、おこがましいことを承知で言うと、私もスタッフになりたい! ということです(苦笑)
物語ももちろん面白かったのですが、こうして裏方目線になってしまうのはやっぱり、昔の経験の影響かなと思います。演じるよりも、演出したい。
だから今こうして、小説を書いているのかもしれません。


さて、肝心のストーリー。(ネタバレ考慮してません!)
天下統一を目論む秀吉が東征を開始した頃、というのですから、昨秋公開された「のぼうの城」と同時代ですね。日本史には明るくありませんし、どちらもフィクションということをふまえても、あちらではあんな物語が、こちらではこんな物語が、と想像するだけでわくわくします。
いわくありげな小栗君、早乙女君、ムードメーカーの勝地君、気風のいい姐御役がぴたりとはまる小池さん、はねっ返りの演技が可愛い仲さんら、客演陣の演技を新感線キャストが盛り上げ、テンポの良い台詞回しと格好いい殺陣が彩る、という構図です。
そして天魔王を名乗る、森山君。冷血、残虐の奥にかつての主君、信長公への依存という狡さが見え隠れする演技、それから華麗なマントさばき!(笑)
登場人物それぞれの思いを丁寧に追いつつ、見せ場を作る。本当、小説のお手本としたい構成でした。
中でも、早乙女君を秘かに思う小池さんの演技が素晴らしかった! また、明智のようになってたまるかと森山君を庇う早乙女君の思いには、極楽太夫とともに「どうして!」と叫びたかった。
それでも、早乙女君=蘭丸として、そこは譲れない一線だったんでしょう。互いに一言も、お互いを想う言葉を口にしなかっただけに、けれども極楽太夫の気持ちがひしひしと伝わってくる(カメラワークってすごい……!)演出だっただけに、やりきれなさが残りました。

まあその、何をどれだけ書きつづったところで本物の良さを表現するには至りません。
もうすぐ公開終了だとは思いますが、興味のある方はぜひご覧になってください。

読む姿勢、読む環境

年末に体調を崩し、ようやく調子が戻ってきたかな、と思うのですが、未だどうにも読書欲が戻らずに困惑しています。
本の虫、というほどではないにせよ、本を持たずには電車に乗れない、という程度の本好きなのに。
クリスマスプレゼントに、「Reader」をいただいたにも関わらず、読みたいオンノベはほとんどがDLできなくて、仕方なしに自分の小説(と、DLできたわずかの小説)を移住させるという、なまぬるい悲劇も起きたりして、私自身の「読みたい」気持ちと手元にある本とがうまくかみ合っていないような気もします。

そんな中で読んだ、小川一水「天冥の標Ⅵ PART3」。サブタイトルの「宿怨」が示す通り、2巻「救世群」から脈々とうねり、受け継がれてきたプラクティスたちの思いが爆発した、濃密な物語の中にそんな恐ろしさが感じられました。
小川作品の常として、文体は淡々としています。冥王斑のパンデミック(太陽系規模の!)で人々の居住区が滅び、生活の灯が消えてゆく。
それは想像するだに恐ろしいことなのですが、赤外線放出量、と表現されているのが生々しさに覆いをかけているというか、理知的というか。
グロい、エグい、というわけではないのに、物語上で起きている災禍の規模に呆然とするしかありません。
これもすべて、言葉の力。
書くってすごい。本ってすごい。
続きが楽しみでなりません。